〜よっさん語録〜

企画や商品をよく理解し、頭に湧いてくるイメージを捕まえる努力をすることがデ ザイナーだと思う(よっさん語録)

 

天職のように今は思ってるけど、紆余曲折あったんですよ!!


 建築家は学校をきちんと出てる人が多いはずだけど、インテリアデザイナーというのはどうでしょう? 叩き上げのような人物が多いと思います。よっさんも若い頃、大学を中退後、 やりたいことがわからず、職を転々としました、そして2年かけてこの職業に出会い、その後2年かけてやっと人に言えるような会社に入り、そこからがむしゃら系でした。


 午前3時よりも早く会社を出る事がなく、ずっと図面と格闘、時代的にはネットもなかっ たから、知らない事を知る術は他人に聞くしかない時代、生来の気質からか聞くという事を 拒否、先輩や職人さんが話す前後の言葉からその言葉の意味を掴んで図書館に行って調べる という具合。

  そして、さらに、知らない事が許せなくなってどうにか工夫して勉強をしました、むずか しい建築雑誌を1年間購読し、むずかしい論文や広告に至るまで一言一句漏らさず読み耽ったものです。

 そしてだんだんと自信を付け、図面を描かせてもらうことが多くなり、もうそうなると止 まらない、朝から真夜中3時までノンストップで図面作成、上司は元より、幹部連中にまで、〝頼むから家に早く帰ってくれ! 〟・・・〝イヤです!やりたいことやってるんですから放っ て置いてください!〟と、なかなかやんちゃな社員となったのです。


 幸か不幸か、同年代に比べて格段に出世が早く、20代で新設事業部の部長に、なんともはや 無茶をする会社でした、(笑)。そのまま出世を続けたことが実は自分の人生を変えてしまっ たのですが。

 30才を越えた頃、 人以上の部下を持つ事業部長となりもう毎日が営業打ち合わせ、チェッ ク、印鑑押印などなど、デザイン業務とはどんどん離れていき、部下が居ない時に仕方なくデ ザインを担当すると全社で優秀賞をとったり、〝デザインの才能があいつにはあったのか?! 〟、 〝あのデザインをしたのは誰なんだ、探せ!〟と幹部が言うようになることが増え、もう印鑑
を押す毎日はイヤだ! と何も考えずに退社したいと思うように。


 独立を考えてではなく、辞めたいから辞めるみたいになって辞表を提出、その前に大阪転 勤命令も2度出た事も後押しとなって安楽の地を飛び出していったのです。そんな者が今こ こに立っているとは、人生とは一歩先の事は読めませんね! (苦笑)


 

こども時代はどんななの?

〝まんがを描くことや百科事典を見るのが好きなこどもだった。〟


キャリアはどんななの?

〝 12社目が今の自分の会社となりました。〟


 大学中退(名古屋工業大学)→三越名古屋でブランド服の販売→喫茶店2店の掛け持ち→ サウナ屋さんでアルバイト→セールポップ屋さん(筆でさんま一尾いくらってポスターを書 いてました)→地図屋さん(烏口でトレースしてました)→図面のトレース屋さんで初めて図面に出会いました→庭工事会社→内装工事会社で設計スタッフに(倒産)→内装工事会社 へ(社長がやくざ屋さんだったことがわかり頼み込んで辞めさせてもらった)→(株)スペー ス(現在では上場企業)→自分が代表の会社を設立することになろうとは と思いながら も独立開業。(株)スーパーボギープランニング(資本金1000万円 )

〜よっさんの大切にしていること〜

やらなければいけない時には自然と一心不乱になれるもの、好きでなけれ ばどこかで懸命になれないのでは、自分の仕事を好きになることが大事なんだと思います。

スーパーボギープランニング

↑よっさんの会社の公式サイト
株式会社 スーパーボギープランニング